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マゴスへのメッセージ  第3回 「庭と生きる。」 映画作家 大林宣彦
Chapter2
監督: それとね、今のマスコミの報道を見ていると、隣人に殺人者、子どもたちのなかにも犯罪者が大勢いるかのようになっちゃっている。けれど、それはごく一部であって、その一部のことでヒステリックになってはいけない。100人のうちの1人が犯罪者で危険な人でも、100人のうちの99人がちゃんと生きていけば、その1人が救えるんですよ。
柵に守られている子どもよりは、川に一遍落ちた子どもの方が、よっぽど川と自分との関係や危険というものを学ぶ。だから、安全に生きていけるんですよね。そういう時代に、みんなが勇気をもって立ち向かっていかなきゃいけない。そういうときに、"庭"というのは自然界の1つのシンボルですから、かなり尊ぶべきだと思うね。

この2・3年を見たって、自然の生態系が変わって、昔はあふれなかった川があふれる事態になっている。そうなると、護岸をすりゃ大丈夫だと言ったって、途方もない護岸工事をしなきゃ安全じゃないですよ。だから、護岸で救える状態じゃないところまで自然界は、きちゃっているわけだから、やっぱり人間は、地球温暖化の問題も含めて考え直さないといけないですよ。

僕が、去年すごい衝撃的だったことがあるんです。
ある愛知県の山の方に行ったときに、子供たちが初めての生き物を見て、これは新種の生き物だって大騒ぎになってね。いろいろ聞いて調べたら、なんてことはないゴキブリだったそうです。町の人たちがよくよく調べてみると、かつてゴキブリが生息していなかったところまで山を登ったそうですよ。
地球の温暖化なんていうからピンとこないけど、ゴキブリの親子が生き延びるために、山を登ったっていったら大変なことでしょう。人間が登らせちゃったんだよね。

うちの田舎の別荘もね、昔はひと夏に2匹くらいしかムカデが出なかったの。今、ひと夏ほっといたら200匹くらいいますよ。つまり、生息してなかったところに住むようになっちゃったのね。ムカデが山登ってきたんです。
今ね、そのように自然界がおかしくなっているってことは、人間もおかしくなってるんです、きっと。
人間の生態系も、ものすごくおかしくなっている。でも、人間は考える能力があるんだから、本能を考えに変える能力があるんだから、やっぱり言葉でもって、人間はどうすべきかを今こそ真剣に考えなきゃいけない。

この世界では、映画はそういうことを考えるための、1つのヒントであると思う。
そういうヒントは、大根1本育てても、魚1匹釣っても考えられるわけですよ。"庭"というのは、お母さんが趣味の花を育てる場所じゃなくて、子どもがあの池に落っこっちたら大変だけど、柵を作らないで育ててみようと。そういう庭でなきゃ本当はいけないね、そう思いますよ。



大林宣彦 おおばやしのぶひこ
1938年、広島県尾道市生れ。自主製作映画、CMディレクターを経て映画作家へ。
『転校生』('82) 『時をかける少女』('83) 『さびしんぼう』('85)の《尾道三部作》から、若い人たちに圧倒的な人気を博した。続く『ふたり』('91) 『あした』('95) 『あの、夏の日』('99)の《新・尾道三部作》、小樽を舞台にした『はるか、ノスタルジィ』('93)など、小さな町を舞台に多くの作品を発表している。『異人たちとの夏』('88)で毎日映画コンクール監督賞、『青春デンデケデケデケ』('92)で日本映画批評家大賞、芸術選奨賞文部大臣賞、『SADA』('98)でベルリン映画祭国際批評家連盟賞など、数多く受賞。
また、講演会や著書などを通じて語られる言葉は、日本を愛する心だけでなく、鋭い文明批評も含まれ、各分野で注目されている。

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